吾輩はときどき猫である [その4 ]

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さて、このシリーズも[その4 ]までやってきました。

どこまで続くか分かりませんが、そろそろ回収する方向に舵を切ってゆきたいと思います。

前回はコスプレについて語ってみましたが、出発点は「最適解」へのレジスタンスでありましたので、

流れを元に戻します。

たくさんある選択肢の中から、状況と目的に叶う最も適した解答、

それが「最適解」です。

今回はその危険性について、語ります。

 

現代社会では衣食住に不自由することなく、文化的な生活を謳歌しているはずなのですが、

なぜか解決されない問題が山積みです。

確かに便利にはなりましたが、豊かさとはちょっと違うような気がします。

子供の頃とは比べ物にならないくらい社会の動きは加速して、すべてがグッと圧縮されているはずなのに

近年はとにかく、時間が慢性的に足りない状況です。

 

目的地に到達するのにかかる料金、時間、ルートそれらを瞬時に表示してくれる便利なアプリがあります。

GPSでリアルタイムに現在位置から混雑状況までを懇切丁寧に知らせてくれるので、まさに至れり尽くせりのサービスです。

将来的には自動運転技術が普及すれば、ストレスから完全に開放されてドアからドアまで運んでくれるようになるでしょう。

ここから、導き出される選択肢はほぼ一つに絞られます。

一本道しかないのです。

これが「最適解」とします。

 

ところが、これが万能かと問われれば、そんなわけではありません。

入力内容や使用するその時々の気分によって、その人個人の「最善」は常に揺らいでいます。

ですから、局所的な近似値なのです。

そうは言っても、問題にする程の大きなズレではないので、困ることはまずないでしょう。

主に感情的な違和感があるだけです。

円周率を3で代用するような、「ちょっと嫌だな」という感覚です。

「それで、いいんだよ。」というニーズが圧倒的多数だろうということも承知しております。

 

それでも、少数派のささやかな抵抗として提案させていただきたいのです。

私が考える豊かさとは

ぶらり途中下車の旅です。

確かに、とんでもない不味い定食屋に遭遇したり、1時間に1便しかないローカルバスに乗り遅れたりするかもしれません。

愉快で楽しい旅だとはちょっと、言いがたいのではありますが、

今この瞬間から分岐する可能性が無限に存在することの豊かさとワクワク感があります。

 

小学生の頃まではキラキラした未知への好奇心に溢れていたという記憶があるものです。

年を重ねるにつれて、そんな日々が実は何ものにも代えがたい大切なものだったと、思えてくるのではないでしょうか。

その人だけの唯一無二の時間がそこには流れています。

 

もし、100パーセント的中する占いが存在するとして、

皆さんは利用したいと思いますか?

もし、変えられない未来があるとするのならば、それはもはや呪いと言ってもいいくらいです。

 

幸せを定義することは難しいですが、

現状がどんなものであれ、無数にある選択肢から自由に選べる機会に恵まれること。

それが幸せのひとつの要素なのではないでしょうか。

微妙なラインを描く自由がある。

ローカルでローテクでローコストの怪しい活動は「最適解」から最も遠い、ふざけた生き方なのかもしれません。

ですが、人生という長い旅を終えた後に、くすっとこみ上げるものに包まれて、微笑ましく思えるならば、それが正解なのだと思うのです。

 

 

 

 

 

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