以下の文章はクラウドファンディングでの活動報告で掲載されたものを転載しております。
2019/07/29の記事です。
皆様、こんばんは。
作業というほどでもないのですが、玄関前に砂利をひいて、
手持ちの天然石のタイルを並べてみました。
仮置きで雰囲気を確認しています。
駐車場全面と外壁の角だけでも、石材で装飾できれば、さらに完成度が上がるはずです。
やるべきことはことはまだまだたくさんあります。
内装も少しだけ進めました。
ガラスブロック周辺のモルタル塗りは完成しました。
本日はここで終了です。
そして、公開期日があと3日と迫っておりますので、
広げた風呂敷を急ぎ、畳まねばなりません。
前回の微妙な小話では
いささかやり過ぎた部分はありましたが、
少し見えてきたものはありましたでしょうか?
成功の定義にもよりますが、
自信に満ち溢れ、言動にはカリスマ性があり、さらに経済的にも十分な額の蓄えがある。
そんな稀なケースでも、イコール 幸せとは言い切れない。
そんな気がします。
彼が設定した流儀に問題があったわけではありません。
問題があるとするば、自己拡大の果てに虚の領域が大きくなりすぎて、
実像が飲み込まれてしまったという点にあるのかもしれません。
永遠に続くと信じていた繁栄にも、いつか終わりがやってくるということ。
限界に達した後に訪れる、ゆり戻しには抗うことが出来ないということを
我々はバブル崩壊の過去から学んでもいいのではないでしょうか。
近頃の世間様はもはや、
「ガンバッテマス」
では容易に許してくれそうもない雰囲気ではないですか?
毎日必死にくたくたになるまで働いて、
それこそ、残業して休日出勤して
それでも、満足のゆく結果が得られない場合。
これはもう、そもそも設定自体が間違っているのではないかと思うのです。
それが現実だよ。大人になれよ。
と皆がささやいても、
「はたして、本当にそうだろうか? 」と
自分だけは、疑ってみてもいいのじゃないでしょうか。
世間では成功者と呼ばれるような人物が
家族と食卓を共にすることなく、
妻と娘からは疎まれているとしたら、
何かが間違っているはずです。
衣食住が満たされ、便利で快適な環境で
欠けている物が何一つ見当たらない。
そんな設定でも、
幸せを体現するために欠けてはならない、すごく大切なこと。
心が訴える何か。
それをこのプロジェクトのテーマにしてみたいのです。
自己探求からの自己実現そして自己統合
最終日で何とか畳みます。