三方良し その後

ブライダル制作の記事を書いたことがきっかけになったかは不明ですが、

ウェディング関連のお客様に3日連続で制作していただきまして、正直なところ驚いております。

今回は結婚10周年のお祝いに奥様にプレゼントしたいというご要望で、ワイングラスを制作していただきました。

その様子をお伝えします。

まずは豊富なサンプルの中から、装飾とデザインを絞り込んでいただきます。

次に色ガラスの見本を合わせながら、3色お好きな色の組み合わせを選んでいただきます。

色によって、柔らかい色や硬い色、様々です。

熱した時の素材感は色ガラスに含まれている鉱物の特色によって変わります。

同系色を選んでいただけば、問題ないのですが、やはりお好きな色を選んでいただくのが一番いいかもしれません。

最終的なデザインを決定します。

こちらの4色に決まりました。

練習を兼ねて、実際に使用する色の組み合わせで箸置き制作をしていただきました。

シンプルな作業内容ですが、かなり真剣です。

計3色の色を使い、グラデーションを演出しました。

金型に吹き込むことで、縦筋の凹凸を付けます。

光が拡散することで、色それぞれが引き立ち、キラキラ感が倍増します。

上の写真は別な方の制作例です。

単色で気泡を入れる装飾でのケースです。

手作り感を全面に出すために泡を希望されるお客様は多いです。

琉球ガラスの影響かもしれません。

吹き竿から前後を反転させて、ポンテと呼ばれる竿に移し換えた状態です。

先端に小さな穴が開いているのですが、これを広げることで飲み口になります。

3日間で3組、計6個の制作になりました。

予想以上の需要があることにびっくりしております。

今後も商品開発を続けて、少しづつですが、お客様の満足度を向上させてゆきたいと考えております。

天才キラーズ

世の中には努力では埋められない領域がある

という結論に至るまでにどれ程の年月が必要だったでしょうか。

自分の能力を客観的に評価しようと努力するほど、そして知識と経験が増すほどに、どうしても自己評価は低いものになってしまいがちです。(ダニング=クルーガー効果)

自分自身が誰よりも正確に結果に至るまでのプロセスを把握しているからこその認識なのだと思います。

もちろん、異論も多数あるかと思いますが、多様性が認められた現代社会であるからこそ、敢えてここからスタートすることで見えてくるものがあるかと思います。

一方、天才と呼ばれる人たちは独特な観点と豊かな創造性で大多数の一般人が求める過程をすっ飛ばして、あっさりと成果を出してしまいます。不幸なケースだと周囲の人の理解が得られず、変人扱いされてしまうこともあるかもしれません

しかし、近年では本来、天才と呼ばれるべき人材の神秘性と希少性が失われつつあるように個人的には感じています。

アスリートであれば、  

どんなに天性の才に恵まれていても、どんなにすごい偉業を達成しても日常的にメディアで繰り返し報道され、ネット上では不特定多数のコミュニティーで幾度となく議論されることで体系化されてしまいます

さらには結果に至るまでの波乱万丈のストーリーと心情がSNSなどで克明に発信されることで共感性を獲得し、だれもが納得する裏打ちのあるものとして受け入れられてしまいます。

これでは「すごい人ではあっても天才ではなくなってしまうのではないでしょうか。

そして、これに人工知能が加わることで、天才は近い将来には絶滅危惧種になってしまうことが予想されます。

勝手な妄想でシュミレーションしますと

コンピューターの超高速「情報処理能力」とAIスピーカーや画像認識技術を通して人々の会話&情報を双方向でインプット、アウトプットできる「集合知」

そして、各界の達人や職人の動きを正確にトレースできる「匠の技」としてのロボットアーム、それらすべてが合体すると・・・・

もはや個人では到底太刀打ちできない人智を超えたスーパー・サイヤ人みたいな存在が降臨してしまうでしょう。

人間の価値って・・・どうなっちゃうの??

とちょっぴり不安になってしまいます。

しかし、敢えてここで「オラ、なんだかワクワクしてきたっぞ」と言わせていただきたい。

自分は決してすごい人ではないし、創造性や共感性そして再現性をもAIに取られてしまってもそれでも凡人として楽しく愉快に生きていけるがあります。

それは自己表現」が優位性を発揮する優しい世界です。

合理性や利便性から解き放たれた「はんどメイドの非日常空間で・あります。

いらっしゃいませ~♪

ヘタクソでも、拙い技術でも子供でも大人でも全く問題ありません。

天才がいなくなったのちにはグレートな凡人達のパラダイスを構築できるのです。

さあ、ジャイアン・リサイタルの宴を開催いたしましょう。

観客であり、ステージにも上がるのはもちろん

あなたです。

三方良し

先日、素敵なカップルが結婚式でご両親にプレゼントするためのワイングラスを当工房で制作しました。

さらに、ワイングラスのフット部分にお互いのイニシャルと日付をサンドブラストで彫り込む作業を後日改めて行いました。

今回はその様子をお伝えします。

[作業内容]

まずはワイングラス底に既にカットが施してあるマスキング・シートを貼り付けます。

文字以外は完全にビニールテープなどで覆い、露出している部分を無くします。

マスキング・シートの上から圧縮した空気と砂を吹きつけガラスを削ることですりガラス状にします。

テープをはがし、きれいに洗浄すれば完成です。

作業そのものは簡単ですが、なめらかな曲線にカッチリとした文字が入るので、完成度がグッとアップします。

そもそも、ワイングラスを体験製作できる工房が他にあるのか??

詳しくは不明ですが、お客様のリクエストから手探り状態から初めて工房オープンから16年目、現在も進化を続けております。

おかげさまで、こちらからも様々な提案をさせていただくこともできるようになりました。

もちろん、既製品のように薄くカッチリとした造形にはなりませんが、自身の手で作り、感謝の気持ちをかたちにするということに、大きな意味があるのかもしれません。

式場でのセットプランで花束贈呈を組み込むと、3万円程度の予算になるそうです。

これをワイングラスに名前やメッセージを彫り込んで、桐箱に入れて、さらに梱包をして綺麗に仕上げても十分に予算内収まり、しかもお釣りがでます。

もしかしたら、「自分らしく演出&コストダウン」という事例増えれば、もっとたくさんのカップルが挑戦したいなと思う時代が来るかもしれません。

まさに「売り手良し、買い手良し、世間良し」のWinWin商品なのではないでしょうか。

近代までのライフスタイルの中には衣食住の家事全般に手先を使い、体を動かしながら物を作るという作業が多く含まれていたように思います。やがて、豊かさの限界を求めるあまりに仕事は細分化、分業化されて大量生産そして大量消費の時代へと推移してゆきました。

現代の都市生活では、その気になれば、一歩も家から出ずとも暮らしてゆけるほどのサービスが提供される便利な時代となりました。

しかし、一方では「自らの手を使って、作る喜び」を多くの人々が求め始めているような変化の兆しを感じます。

当工房では

生産者と消費者の溝を埋めて共に感動を分かち合う関係を築きたいという想いからお客様自身での制作のお手伝いにこれからも力を注いでゆきたいと思っています。

 

ラスクのココロ

当工房の吹きガラスの教室の生徒さんの多くはカリキュラムに沿った授業から外れて、それぞれの課題に取り組んでおります。

もちろん、初級クラスの方は基礎技術を学ぶために最初はカリキュラムに沿って進みますが、ほどなくして自らの道を模索し始めます。

数あるジャンルの中から吹きガラスにチャレンジしようと思い立ち、実際に門を叩いた方々ですので、個性豊かであるのは当然かもしれません。

課題はそれぞれの生徒さんの興味や技の習得度合いによって非常に幅があります。

その中でベネチアン技法に熱心な生徒さんがいます。

彼女はレース棒を使用する装飾方法でここ数年制作を続けているのですが、ある問題に困っております。

それは結構な量のレース棒の端切れが使われることなく蓄積され続けていることです。

 

一枚目画像が好ましい状態のレース棒です。2枚目画像が端切れです。

捨てるにはあまりにも惜しく、使うにも迷い多く、とりあえずは先送りという保留案でしのいできましたが、

ついに年が明け、そろそろどうにかしないとマズイよね・・・という見解にたどり着いたのでした。

我が家の冷蔵庫にも食材達が永久凍土の底で休眠しております。きっと我が胃袋に収まるのを心待ちにしていることでしょう。

このような経緯でついにリサイクル事業に着手することとなりました。

ラスクの話じゃないの??とがっかりされていた皆様、お待たせしました。

ようやく、ここで満を持してラスクの登場です。

ひと昔前までは、硬くなったパンを工夫して2度焼きした子供向けのおやつ程度と恥ずかしながら認識しておりました。

しかし現在は、売れ残ったパンを焼き直すなどという扱いではなく、専門店がラスクのために特別に配合した生地とオーブンで焼きあげるという超VIP待遇でのおもてなしを受け、今をときめく贈答品界のエリートに進化を遂げたのでした。

いい話ですよね。うーん・・じわりといい話です。

吹きガラスの技術は正直なところ、幾世代もの研鑽と数千年の時の流れの中で積み上げられたものですので、一世代で大きく進化させることは容易なことではありません。

もし、現代の作家にできることがあるとすれば、その時代のニーズと感性にマッチした表現にアレンジすることなのかもしれません。

そこで、打ち捨てられそうになっているパーツでの再構成で制作はしますが、最終的にはリサイクル品という枠を超えた新たな表現方法としての地位を確立できるように鋭意制作に励んでおります。

ベネチアン技法本家の手間ほどはかけておりませんが、B級感を感じさせない味のある

仕上がりになってきております。

コストパフォーマンスの追求という観点では素晴らしい展開が期待できそうです。

いつかこの路線の作品のためにレース棒を製作する日が来るかもしれません。